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今日のドイツは変だ、とイタリアは思った。
いつもより一時間くらい遅刻しても怒らないし、あれいいなあ、って言っただけなのに買ってくれるし、どれだけご飯食べても何も言わないし。
今日が、俺の誕生日だから、かな。とも思った。誕生日おめでとうは、朝会ったときに言ってくれた。でも、それにしても、毎年のことを考えても、優しすぎる。
…もしかして、何か怒ってる、のかな?
そうどきどきするけれど、違うみたいで、ドイツはどこか上の空だった。

晩御飯もおいしかった!去年の誕生日のときにまた食べようね、と約束したところで、覚えててくれたんだ、とうれしくなった。
デザートはドイツの分まで食べて、おいしかったなあと思っていたら、イタリア、と急に真剣な顔になったドイツに名前を呼ばれた。
何?と首をかしげると、す、と差し出される小さな箱。開けると、中には指輪!

「結婚しよう。」

言ってる言葉が、一瞬わからなくなった。わからないわけがない。ドイツはイタリア語で言ったのだ。ずっと慣れ親しんできた言葉。なのに。わからなくて。
「へ…?」
どうしていいのかわからなくて固まっていると、もう一度言われた。結婚しよう。緊張した固い声。
「…俺、と?」
自分をさすとうなずかれた。
だって。でも。結婚ってずっと一緒にいるって約束することで。
「お、俺弱いし、すぐ逃げるし、そ、それに。」
「知ってる。」
そう苦笑された。そうだ。だって、ドイツに一番迷惑かけてる。
なのに。それなのに。
「それでも、イタリア。おまえがいいんだ。」

まあ、おまえが嫌なら、仕方ない、が。そう言われて、首を横に振った。そんなわけない。嫌なわけがない!
溢れてくる涙を止められなくて、うぇ、と声を上げて泣くと、泣くな。と苦笑
「おまえが泣くとどうしていいのかわからなくなる。」
頬を伝う涙を拭われて、ドイツを見た。
優しい瞳。ずっとそばにいてくれた、強くて優しい人。
「指輪、受け取ってくれるか?」
うなずいた。涙を拭って、でも拭いきれないそれをあきらめて、笑ってみせる。うまく笑えてないかもしれないけど。
手を、と言われて、左手を差し出す。銀色の指輪は、サイズぴったりで、薬指に収まって。
うれしくて、指輪を包み込むようにして、笑おうとするのにああ、また涙が流れてくる!
「ドイツ、…大好き。」
そう告げると、彼は俺もだ、イタリア。と笑ってくれた。


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変な感じだ。むずかゆいような、こそばゆいような。
「…へへ。」
「イタリア?」
どうした?聞かれて、別に?と笑ってみせる。
「嘘だな」
「ヴェ。」
「そんなうれしそうな顔して。」
別に、じゃないだろ。
そう、顔をのぞき込まれて、えへへ、と笑って、腕に抱きついてみた。

「…奥様、だって。」

さっき入ったレストランで、普通にそう呼ばれて。
あ、俺か。と思ったら、なんだか嬉しいような恥ずかしいような慣れないような、そんな気分になった。
そうだ、俺、ドイツの奥さんなんだ。そう、やっと自覚できた気がした。
だって、一昨日の結婚式は、まるで夢みたいで全然現実感なくて、昨日はドイツとしか会ってないから、なんだかいつも通りで、だから。

「…奥様だって。」
言われて、やっと納得できた気がしたんだ。
えへへ、と笑ってすりよると、わしゃわしゃと頭を撫でられた。
いつもなら、そこで終わるのに。なのに。

ちゅ、と頬に触れる感触。
驚いて顔を上げると、ばっと顔を逸らしてしまって。
「…ドイツ?」
「…『妻』に、キスして何が悪いっ」
怒ったような照れた声に、かわいいなあ、と思いながらぐい、と腕を引いて、悪くないよ、と真っ赤な耳にキスをした。


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「ドイツ〜」
「なんだ。」
ぎゅう、と大きな背中に抱きつく。大好きって気持ちが、なんだか溢れてしまいそう。
「好き」
「……俺も、だ。」
くしゃくしゃと頭を撫でられる。そんないつものドイツが、うれしい。
「イタリア?どうした?」
呼ばれて、頬をぬぐわれて、やっと自分が泣いていることに気づいた。
気づいたら余計に気持ちがあふれてきて、ぽろぽろ涙を流しながら肩に顔を押しつける。

今日、うれしいことがあったんだ。うれしくてうれしくてどうしようもなくなるくらいのことが。これを言ったら、ドイツはどうするんだろう?
「イタリア?」
「…あのね、」
赤ちゃんが、できたの。
ドイツの前に回ってそう言ったら、ドイツは目を大きく見開いて。
強く、抱きしめられた。
それから。
「…ありがとう…」
耳元で掠れた声でそう言われた。それを聞いてまたあふれてくる涙。…ドイツも、泣いているみたいだった。

「…愛している、イタリア…」
「…俺も、だよ。」


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「ううう〜…」
「大丈夫か?」
そう声をかける。それくらいしかできないのが、口惜しいが、仕方がない。
出産、のときに俺ができることなんて、ほとんどないんだから。

陣痛の痛みに耐えるイタリアの腰をさすって、ふと気づいた。
「…泣かないんだな」
いつもなら、ちょっとすりむいたくらいでも泣いていたイタリアなのに。
そう思いながら呟くと、決めたんだ、と強い声。

「生まれるまで泣かないって。逃げないって、決めたんだ。だから。」

がんばる、とそれでも潤んだ瞳で言われて、思わず息を飲んだ。

もう、母なのだ。彼女は。強い。覚悟を決めているのだ。
ふさわしくありたい、と思った。
彼女の強さにふさわしい夫で、父でありたいと。
目を閉じて、深呼吸。

「…でも、あの、」
聞こえた泣きかけの声に、目を開ける。
「くじけそうだから、手、握ってて…?」
さっきとうって変わって弱々しい声にイタリアらしい、と思わず苦笑して、しっかりと手を握った。


おぎゃあ、と泣き声がして、固く閉じていた目を開いた。
大きな泣き声。元気な女の子ですね。そう言われて、産まれた!と胸がいっぱいになる。

先生に赤ちゃんを抱っこさせてもらったドイツが、幸せそうな顔で、ほら、イタリア、と渡してくれた。
おそるおそる、受け取る。
真っ赤な顔。泣き続けていたのも、安定するように抱き直したら、次第にやんで。
この子が、俺とドイツの子、なんだ。
そう思ったら、頬がゆるんだ。
幸せで胸がはちきれそうだ!

突然、頬を拭われた。
「ヴェ、」
「もう、泣いていいな」
そう言われて、やっと自分が泣いていたことに気づく。
ぽろぽろ流れてくる涙は、止まらなくて。
「…ふぇ、」
「よくがんばったな。」
ドイツが頭をなでてくれた。
小さくうなずいて、ひく、と肩を揺らす。
このままじゃ、何にも話せなくなりそうだった。

「あ、あの、あのね、」
「どうした?」
優しい声。
必死に涙を抑えて息を整えて、見上げる。

「マリアって、どうかなぁ?」
「…名前、か?」
うなずく。この子の名前。ご加護がありますように。元気に健やかに、育ってくれますように!
「…よろしくな、マリア。」
ドイツが赤ちゃんの頬を撫でる。
「よろしくね。」
そう、抱きしめた。また涙がこぼれた。

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「ドイツさん」
そう声をかけられて、意識が浮上した。
「ん…日本、か」
「あー」
「マリア!」
そうだ、迎えに行かなければとわかっていたのに、いつのまにか眠っていたらしい。

すまない、と謝ると、いえいえついででしたから、と微笑。
日本の手からマリアを受け取る。一歳半を過ぎたマリアは、なかなか大きくなってきて、最近は絵を描くのが好きらしい。よくクレヨンを握っている。
今も、赤いクレヨンを握ったままで。

「日本、どうしたんだ?」
何か仕事の用件か、と尋ねると、いいえ、と首を横に振られた。
「イタリアくんに頼まれたんですよ。きっと無茶してるから、様子見てきてって」
大当たりでしたね。言われて苦笑する。

イタリアが長男を出産したのは、つい先日のことだ。
マリアをオーストリアの家に預けっぱなしにするわけにもいかないので、いったん家に戻ったのだが、まあ仕事の間はやはり預けるしかなく、どうにも、一人だと無理をしてしまって困る。
「すまない。」
「いいえ。」
「あ!」
腕の中にいたマリアが、突然机の上の紙にぐりぐりと書き出した!
「わ!」
大慌てで日本が紙をどけるのを見て、大丈夫だから、と声をかける。
こうなることは予測済みで(というか一回あったのでそれからは)書斎に仕事の書類があるときはマリアを近づけないようにしている。つまりは、仕事関連の紙ではないのだ。…まあ、それより重要かもしれないが。

「…何ですか、これ?」
紙一面にびっしりと並んでいるのは、名前だ。
「長男の名前候補。…けど、なかなか決まらなくてな…」
マリアのときは、イタリアいわくインスピレーション?らしい。
こういうのはどうも苦手なのだ。センスなら、イタリアの方がある。
そう言ったのだが、彼女は、ドイツが悩んで考えた名前ならきっと素敵な名前だよ、だから、ドイツが決めて、と笑うばかりで。

「…日本は、どう思う?」
参考に聞いておきたいんだ、と尋ねると、なぜか苦笑。
「…私の意見じゃないんですが」
そう言って、手に持った紙を裏返す。
びっしりと黒く書かれた名前のリストに、赤丸ひとつ。囲まれた、一つの名前。

「…ガブリエル?」
選んだ張本人が、そうだと言わんばかりにきゃあ、と笑った。


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「マリア、大きくなったらパパとけっこんするー」
だってパパのこと大好きだもの!

そう言ったら、パパはちょっと困った顔をした。
「マリア…それは、できないんだ。」
「どうして?」
けっこんは、大好きな人とするんだってママ言ってた。だから、私はパパとけっこんするんだって思ってたのに。
「あー…」
弱ったな、とどこか遠くを見るパパに、もしかして私のこと嫌いなの!?と泣きそうになってしまう。
「まさか。大好きだぞ。」
ちゅ、とキスしてもらって、ほっとする。よかった。
「…じゃあ、どうして?」
首を傾げると、そうだな…とパパはちょっと困って、それから。

「結婚というのは、世界で一番好きな人とすることなんだ。」
「パパの一番好きな人は、マリアじゃないの?」
「…そうだな。」
「だあれ?」
「誰だと思う?」
マリアもよく知っているはずだ、と言われたから、うーん、と考える。
そして、あ!と気がついた。
「ママ!」
「正解。」
優しく頭を撫でられて、えへへ、と笑う。
「じゃあ、パパはママとけっこんするの?」
「もうしたんだ。…だから、マリアとは結婚できない。」
ごめんな、と言われた。けど、ううん、と首を横に振る。だって、マリアもママのこと大好きだもん!
そのとき、おやつだよー!と呼ぶママの声がした!ぴょん、と椅子を降りて、ぱたぱた駆け出す。
「ママー!パパが、ママのこと世界で一番大好きだって!」
「っ!おい、マリア!」
呼ばれて、なあに?と振り返ると、パパが顔を真っ赤にしていた。どうしたんだろ、と思っていたら、後ろから抱き上げられる。
「知ってるよ。」
「ママ」
お菓子を作っていたからか、甘い匂いのするママは、楽しそうに笑った。
「俺もドイツのこと世界で一番好きだもん。」
きらきらした笑顔に、にこにこしながら、マリアもママのこと好きーとぎゅう、と抱きついた。

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