「はい!これで最後!」 ばんっとシーツを伸ばしてたたいて笑う。 「ありがと。助かったわ、手伝ってくれて。…めずらしく。」 まあたまには親孝行しないと!と返すと、で?と母さんは腕を組んだ。 「何をたくらんでるのかしらね?」 「へへ、バレた?」 舌を出すと、この悪ガキ、とくしゃくしゃ頭を撫でられた。 「で、なあに?」 「あのさ、庭の花、ちょっともらってもいい?たくさん咲いてる奴、何種類か。」 「あなたが花ぁ?」 怪訝な表情で見られて、にいい、と笑った。 「ベアトリクス〜!」 声をかけながら、庭から家の中へ足を踏み入れようとした、ら。 「兄様!」 怒鳴られた。 うお、とぐらつきかけると、足を部屋に入れない!とまた怒鳴られた。必死で足を後ろに戻す。 「まったくもう…」 そんな泥だらけの靴で入って、誰が掃除すると思ってるんですか? 腰に手を当てて仁王立ちするのは、自分の妹。き、と目をつり上げたその顔は、父さんそっくりだ。 「はいタオル!拭いてください!」 「…はい。」 逆らわずに靴をごしごしと拭いた。 「まったくもう…兄様ったら、少しは落ち着きを持ったらいかがですか?」 目を閉じてため息をついた彼女の頭に、ぱさ、とそれを乗せてやる。 「え、」 「おー、似合う似合う」 「え、な、何ですかこれ?え?」 「あらあら、可愛いわね〜」 後ろから声。母さんだ。 「いいだろ?」 「素敵ねぇ、マックスが作ったの?」 「そ。いいだろ〜?マリアに作り方教えてもらったんだ」 「何がですか!?」 慌てるベアトリクスに、あらかじめ用意していた鏡を見せてやる。 かわいらしい花輪をつけた自分の姿を見て目を丸くするベアトリクスを見て、くすくす笑う。 普段は、平然とした顔をしている妹をからかうのは、とても楽しい! それと、からかって楽しいのはもう一人。 「実はここにもうひとつ。」 花飾りを見せると、母さんはわかったらしい。楽しそうに笑った。 逆に顔を曇らせたのは、ベアトリクス。 「…あんまりお父様をからかうのは…」 「いいじゃん」 「いいのよ。たまには。」 「お母様まで…!」 困った顔をしたベアトリクスも最終的に乗った父さんがいつになったら頭に乗せた花輪に気づくかトトカルチョは、夜まで花輪に気づかない、に賭けた母さんの一人勝ちだった。 戻る . 大きな本棚を見上げる。 さて。問題は。 欲しい本が、本棚の上の方にあるということ。 いつもなら兄様にとってもらうのだけれど、今日は朝からどこかに走っていってしまった。 私では、梯子を持ってきて登ることができても、本を片手で持てない。 早く大きくなりたいな。こういうことが起こる度に思う。 ため息をついて、今はあきらめよう、と思った。後で兄様帰ってきたら取ってもらおう。今の時間、お母様は朝ご飯の片づけしてるし、お父様はピアノの時間だもの。仕方がない。 …いいところで、下巻に続いてしまったから、早く読みたいのは読みたいのだけれど。 それでも、仕方ないものは仕方ない。帰ろう、と思ったとき、かつ、と足音が聞こえた。 「どうしました、ベアトリクス?」 落ち着いた声にぱっと振り向く。 「お父様!」 優しく微笑む笑顔にほっとして、本を取って欲しいんです、と頼んでみる。 「これですか?」 はい、と渡された本がうれしくてうれしくて、ぎゅ、と抱きしめてありがとうございます!とお礼を言った。 お父様は、笑って、それから、懐かしいですね、と呟いた。 「昔、ハンガリーにも同じことをした覚えがありますよ。同じ本で。」 「お母様も?」 抱きかかえた本を見る。確かに、古い本だ。でも、きちんと保存してあって、読みやすい。それに物語がとてもおもしろくて、ついつい夢中になって読んでしまった。 「はい。…読み終わった後は、一日中笑顔でしたよ。とてもいいハッピーエンドだったと、」 「あっ、言っちゃだめです!」 今から読むんですから!と声を上げると、わかってますよ、と笑われた。 「では、戻りましょうか。」 「はい。…そういえばお父様、ピアノの時間ではないんですか?」 歩き出した彼を見上げると、譜面を探しに来たんですよ、と片手に持った本を見せてくれた。 「今から弾きますが、聴きますか?」 「はい!」 笑って答えてから、地下の書庫の方に行こうとしたお父様に、そっちじゃないですよ、と声をかけた。 戻る . コーヒーを置いて、外を見る。 ふわりと、風が吹いて、カーテンが揺れた。 「いい天気ですねぇ…!」 「そうですね」 かたり、とコーヒーを飲む彼を見る。 穏やかな表情。美しい笑顔。かっこいいなぁ、と思わず見とれて。 「どうかしました?」 見上げられて、慌てて何でもないです、と笑ってみせ、顔を逸らした。 穏やかな天気。優しい風。庭で、子供達が遊んでいる。花輪の作り方を教えてあげているようだ。面倒見のいいマックスと、真面目なベアトリクスだから、なかなか楽しんでいるようだった。花はたくさんある。庭に一面を覆うように咲いている。 それを見て、なんだか、うれしくなってきて、そうっと、オーストリアさんのすぐ隣に座ってみた。触れ合う手を、握る。 「ハンガリー?」 不思議そうな声に、なんか、と呟く。 「なんか。…これ以上の幸せって、ないだろうなって。」 子供達がいて。愛しい人がいて。天気は良くて、花が咲いていて、それで。 風が吹いた。穏やかな風。ざぁ、と世界が波打つ。 深く息を吸って、深呼吸。 胸を満たすのは、空気ではなくて、暖かい気持ち。 ああ、きっと。本当に、これ以上なんて。 思わず微笑むと、ハンガリー、と呼ばれた。 はい?と顔を向けると。 一瞬か、それとも本当に長い時間だったのか、なんてわからない。 でも、私にはとても長く感じられて。 夢じゃない、はずだ。 確かに、唇に、触れた。 すぐ近くに、眼鏡をはずしたオーストリアさんの顔があって。…つまり。 ……キス、された? 自覚したときには、とっくにオーストリアさんは楽譜に目を落としていて、その顔は、見間違いでなければ赤く、て。 …ああ、もう。 胸を満たして、ため息とともに溢れ出して、それでも許容量を遙かに越えた感情で胸が苦しい。その苦しさからか、感情を少しでも逃そうとして、か、涙が溢れた。 本当に、これより幸せなことなんかない! 戻る . 「父さん、スペインさんから届け物〜」 マックスがどさ、と置いたかごには、色とりどりの野菜。 主に真っ赤なのはトマト。あとも鮮やかな色の野菜。 それから、ハムのブロックやらオリーブオイルの瓶やらパスタ一袋やら、挙げ句の果てにはチョコレートまで入っている。 「相変わらず脈絡のない…」 「いいできやから持って帰り〜って。」 それで、あれもこれもとどさどさつめこんで、こうなったのだろう。 容易に想像できて、苦笑した。 「今日は父さんが夕食当番?」 「そうですよ。」 「はーい、ラームグラーシュが食べたいです!」 「はーい、食後にデザートを希望しまーす」 入ってきた声は、ハンガリー。買い物から帰ってきたらしい。ベアトリクスも一緒だ。 「仕方ないですね…手伝ってくださいよ?」 はーい、と声が三つ上がった。 ベアトリクスが洗ったトマトを、マックスが切る。 用意してある台に乗ったベアトリクスは、やっとシンクをのぞけるくらいの身長だ。 「終わりました。」 「じゃあ次じゃがいもの皮むき。ピーラーで怪我するなよ。」 「そんなに不器用じゃありません。」 また子供扱いして、とふくれるベアトリクスに、マックスは悪い、と謝って。 そのやりとりを聞きながら、二つの鍋の前に立っていた二人は顔を見合わせて苦笑した。双方ともに、皮むきをしていて怪我をした覚えがある。 「母さん、トマト終わったよ。」 「はいはい、こっちにちょうだい。」 刻まれたトマトを鍋に入れる。マックスは、何にでも興味をしめすから、料理もそこそこできるようになった。…まあ、その分飽きるのも早いのだけれど。 「味付けはハンガリーに任せます。」 「はぁい」 そうでなければ凝り性のオーストリアの手に掛かるといつまでたっても夕飯にならない。経験上それをよく知っているハンガリーは、笑いながら返事をした。 その後、それでもやっぱりこだわったオーストリアの料理には時間がかかって、腹減った〜というマックスの言葉がなければ、まだまだ完成しなかっただろうがなんとか形にはなって。 俺の量が少ないやらお兄さま、私のはグリンピース減らしてください。ちゃんと食べなさい。やらオーストリアさん、タルトは夕食後に出しますね。ああはい。それとマックス、私もグリンピースは少なめにお願いします。オーストリアさんっ!やら。 まあ、にぎやかな一波乱はあったが、暖かな団らんの時間になった。 戻る . がきん、とか、嫌な音が、した。 「……。」 「………。」 足元に勢いよく落ちた重い置物を、二人で見つめる。 しん、と部屋に満ちる沈黙。 おそるおそる、そうっと、床に落ちてあるにしては不自然に傾いだそれを、マックスがどける。 「…!あ〜…やっぱり…。」 「ど、どうしましょう…。」 置物の下には、レンズの割れたメガネ。 割ったのは、最終的にベアトリクスだ。 仕事場に入り込んだマックスを追いかけて来て、ばたばたしているうちにメガネが落ちて、兄が持った置物を取り上げたら、手がすべって勢いよく落ちて。 メガネの、上に。 「お、怒られ、ますよね…。」 おろおろしているベアトリクスに、いいよ、俺謝る、と声をかけるが、いいえ、とベアトリクスは首を横に振って。 「こ、壊してしまったのは、私ですから…。」 私が謝らないと。そう、ベアトリクスは言うけれど、今にも泣きそうな顔をしていた。当たり前だ。悪戯ばかりで怒られ慣れているマックスと違って、優等生なベアトリクスは怒られるのなんてほぼ初めてだ。 謝らないと、と必死な声で言う彼女に、くしゃくしゃ、と頭を撫でて、顔をのぞきこむ。 「じゃあ、一緒に謝ろう。…俺だって悪いんだから。」 な。と言うと、彼女は小さくこくんとうなずいた。 二人で謝ったら、先のことを考えて行動しなさい、と怒られたけれど、父さんは、すぐに頭を撫でて、よくちゃんと謝りに来ました。と、言ってくれた。 顔を見合わせて笑っていたら、罰として掃除当番一週間を申し渡されたけれど、二人ですれば、きっと早いし、きっと、楽しい。 戻る |