更新2007.05.27   ↑UP 

Winny著作権法違反幇助事件地裁判決について
2007.05.08   
井 上 雅 夫    
  目    次
1.はじめに
2.罪となるべき事実
3.Winnyの技術的内容
4.検討すべき事項
5.被告人の著作権法違反幇助の成否
6.量刑の理由
7.アメリカのGrokster事件との比較
8.民事訴訟と刑事訴訟
9.Winnyネットワーク
10.インターネットと著作権制度
11.インターネットとP2Pファイル共有ソフト
12.デジタル証券によるコンテンツ流通システム
13.Winnyの配布は車の販売と同じか
14.おわりに
 脚注
1.はじめに
 2006年12月13日、京都地裁はWinnyの開発者に対して、「被告人を罰金150万円に処する。」と判決した(Winny著作権法違反幇助事件地裁判決)。これに対して、翌日の朝日新聞の社説は、「開発者が萎縮する」というタイトルで、「運転手が速度違反をしたら、早く走れる車をつくった開発者も罰しなければならない。そんな理屈が通らないのは常識だと思っていたが、ソフトウェアの開発をめぐってはそうではなかった。」と批判している。本当に、京都地裁は、早く走れる車をつくった開発者も罰しなければならないというような判決をしたのだろうか。また、本判決によって開発者は萎縮しなければならないのだろうか。

2.罪となるべき事実
 判決に記載された(罪となるべき事実)を要約すると次のようになる。
 被告人は,ファイル共有ソフトWinnyを制作し,その改良を重ねながら,自己の開設したホームページで継続して公開及び配布をしていたものであるが,

 甲が,Winnyを起動させ,著作物の公衆送信権を侵害して著作権法違反の犯行を行った際,これに先立ち,Winnyが不特定多数者によって著作権者が有する著作物の公衆送信権を侵害する情報の送受信に広く利用されている状況にあることを認識しながら,その状況を認容し,あえてWinnyの最新版である「Winny2.0 β 6.47」をホームページ上に公開して不特定多数者が入手できる状態にした上,同日ころ,上記甲方において,同人にこれをダウンロードさせて提供し,

 乙が,Winnyを起動させ,著作物の公衆送信権を侵害して著作権法違反の犯行を行った際,これに先立ち,Winnyが不特定多数者によって著作権者が有する著作物の公衆送信権を侵害する情報の送受信に広く利用されている状況にあることを認識しながら,その状況を認容し,あえてWinnyの最新版である「Winny2.0 β 6.6」をホームページ上に公開して不特定多数者が入手できる状態にした上,同日ころ,上記乙方において,同人にこれをダウンロードさせて提供し,

 もって,それぞれ,前記甲及び乙の前記各犯行を容易ならしめてこれを幇助したものである。
3.Winnyの技術的内容
 判決は、被告人(Winnyの開発者)自身の著書である「Winnyの技術」[注1]に基づいて、Winnyの技術的内容について記載している(補足説明3(1)参照)。それを要約すると次のようになる。
  Winnyは,P2P技術を用いて開発されたファイル共有ソフトである。Winnyは中央サーバを必要としない。Winnyにおいては,中継機能があり,これによって当該ファイル情報の一次的発信者が誰であるのかが判別できなくなることから,情報発信主体についての匿名性が確保される。Winnyには,無視フィルタ機構が備わっており,ダウンロード側で設定することで一定のファイルを除外することができる。Winny1はファイル共有機能を主として開発,公開されたものであるのに対し,Winny2はファイル共有機能に加えて,P2P型大規模BBSの実現を目指した機能が付加されている。
4.検討すべき事項
 地裁は、まず、「被告人が開発,公開したWinny2が甲及び乙の各実行行為における手段を提供して有形的に容易ならしめたほか,Winnyの機能として匿名性があることで精神的にも容易ならしめたという客観的側面は明らかに認められる。」(補足説明6(1)参照)と認定する。これはWinny自体が客観的にどのようなものであるのかという認定である。被告人が社会に対して提供した技術は、正犯者(実際に著作権侵害の実行行為を行った者)がそれを使って違法行為を容易に行える手段であるだけでなく、匿名性があることで正犯者が安心して違法行為を行える技術であるということだろう。

 次に、地裁は、「WinnyはP2P型ファイル共有ソフトであり,…それ自体はセンターサーバを必要としないP2P技術の一つとしてさまざまな分野に応用可能で有意義なものであって」と認定し、「被告人がいかなる目的の下に開発したかにかかわらず,技術それ自体は価値中立的であること,さらに,価値中立的な技術を提供すること一般が犯罪行為となりかねないような,無限定な幇助犯の成立範囲の拡大も妥当でない」と判断する(補足説明6(2)参照)。ここで、「価値中立的な技術」の意味は正確にはわからないが、Winnyはユーザーが違法利用も適法利用もできる技術であり、技術自体は違法利用/適法利用のどちらか一方だけに味方するのではなく、違法利用/適法利用に対して中立的な技術であるということではないかと思う。違法利用も適法利用もできる技術を社会に対して提供すれば必ず犯罪行為となるような幇助犯の解釈は妥当ではないということだろう。

 そして、地裁は、「そのような技術を実際に外部へ提供する場合,外部への提供行為自体が幇助行為として違法性を有するかどうかは,その技術の社会における現実の利用状況やそれに対する認識,さらに提供する際の主観的態様如何によると解するべきである。」(補足説明6(3)参照)と判断する。これが本判決の最も重要な部分である。違法利用も適法利用もできる技術を社会に対して提供する場合、違法性を有するかどうかは、「その技術の社会における現実の利用状況」や「それに対する認識,さらに提供する際の主観的態様」如何によるということである。「や」は「および」を意味する場合と「または」を意味する場合があるが、この場合の「や」は、その後に「それに対する認識」と記載されているのであるから、「および」の意味であることは明らかである。

 結局、違法利用も適法利用もできる技術を社会に対して提供することが違法であるかどうかは、「その技術の社会における現実の利用状況」および「その利用状況に対する認識,さらに提供する際の主観的態様」を検討して、判断すべきであるということだろう。ここで、「その利用状況に対する認識,さらに提供する際の主観的態様」は、被告人によるその利用状況に対する認識、さらに被告人がその技術を社会に提供する際の主観的態様という意味であると考えられる。

 本件は、正犯者である甲と乙が実行した著作権侵害を、被告人が幇助したかどうかを争う事件であるが、地裁は、「Winnyの甲と乙における利用状況」ではなく、「その技術の社会における現実の利用状況」を検討すべき事項の一つとしている。これは、被告人が、甲と乙という特定の者がWinnyを著作権侵害に利用することを認識して甲と乙にWinnyを提供したわけではなく、被告人がホームページでWinnyを公開して社会に対して提供し、社会の一員である甲と乙がWinnyをダウンロードしてWinnyの社会における現実の利用状況に即して著作権侵害を行ったからではないかと思う。

 本判決が、「Winnyの甲と乙における利用状況」ではなく、「その技術の社会における現実の利用状況」を検討すべき事項の一つにしていることは極めて重要である。仮に、本判決が「Winnyの甲と乙における利用状況」を検討すべき事項の一つにしていたとすれば、Winnyを含むP2Pファイル共有技術の社会における現実の利用状況にかかわりなく、たまたま甲と乙が著作権侵害行為をしていて捕まれば、被告人に対する幇助犯が成立し得ることになる。もし、そのような判決であれば、誰かがたまたま犯罪行為を行ったらその犯罪行為に使用された技術を社会に対して提供した者が幇助犯とされてしまう可能性があるのであるから、朝日新聞の社説が述べるように「開発者が萎縮する」ことになるだろう。

 しかし、本判決では、「Winnyの甲と乙における利用状況」ではなく、「その技術の社会における現実の利用状況」を検討すべき事項の一つにしているから、仮に、Winnyを含むP2Pファイル共有技術の社会における現実の利用状況が違法利用が少ないものであるとすれば、正犯者である甲と乙がたまたま違法利用をしていたとしても、被告人に対する幇助犯は成立しないものと考えられる。また、仮に、Winnyを含むP2Pファイル共有技術の利用者全体が社会の中で少数であるとすれば、Winnyを含むP2Pファイル共有技術の利用者の多くが違法利用をしているとしても、Winnyを含むP2Pファイル共有技術の社会における現実の利用状況は違法利用が多いものとはならないから、被告人に対する幇助犯は成立しないとされる可能性もあるのではないかと思う。ただし、
仮に、P2Pファイル共有技術におけるWinnyのシェアが小さいものであったとしても、P2Pファイル共有技術全体の社会における現実の利用状況が違法利用が多く社会的に問題になっていれば、被告人に対する幇助犯は成立するのではないかと思う

 以上のように、本判決は、「その技術の社会における現実の利用状況」を検討すべき事項の一つとすることにより、技術を社会へ提供することによる著作権法違反幇助犯の成立範囲が無限定に拡大しないように配慮したものであると考えられる。

5.被告人に対する著作権法違反幇助の成否
 地裁は、次のように述べて、被告人の行為は幇助犯を構成するとしている(補足説明6(5)参照)。なお、【 】内は、説明のために加筆したものである。
 【「その技術の社会における現実の利用状況」に関する認定】インターネット上においてWinny等のファイル共有ソフトを利用してやりとりがなされるファイルのうちかなりの部分が著作権の対象となるもので,Winnyを含むファイル共有ソフトが著作権を侵害する態様で広く利用されており,Winnyが社会においても著作権侵害をしても安全なソフトとして取りざたされ,効率もよく便利な機能が備わっていたこともあって広く利用されていたという現実の利用状況の下,

 【「その利用状況に対する認識,さらに提供する際の主観的態様」に関する認定】被告人は,そのようなファイル共有ソフト,とりわけWinnyの現実の利用状況等を認識し,新しいビジネスモデルが生まれることも期待して,Winnyが上記のような態様で利用されることを認容しながら,Winny2.0 β 6.47及びWinny2.0 β 6.6を自己の開設したホームページ上に公開し,不特定多数の者が入手できるようにしたことが認められ,

 【正犯者甲と乙の著作権法違反の認定】これによってWinny2.0 β 6.47を用いて甲が,Winny2.0 β 6.6を用いて乙が,それぞれWinnyが匿名性に優れたファイル共有ソフトであると認識したことを一つの契機としつつ,公衆送信権侵害の各実行行為に及んだことが認められるのであるから,

 【被告人に対する著作権法違反幇助犯の成立】被告人がそれらのソフトを公開して不特定多数の者が入手できるように提供した行為は,幇助犯を構成すると評価することができる。
 幇助犯について、例えば、河野順一著「図解刑法案内I総論」[注2]305頁〜306頁には、「幇助行為とは、実行行為以外の行為をもって正犯の実行行為を容易ならしめる行為をいう。」「従犯[幇助犯]が成立するためには、幇助者において正犯の犯罪行為を認識し、かつ、これを認容して幇助することを要する。」[注9]と記載されている。ここで、「認容」とは、「犯罪事実が発生するならば、発生してもかまわないとする心理的態度」のことである(大塚仁著「刑法入門〔第四版〕」[注3]58頁)。

 このような従来の幇助犯の成立要件を考慮して、地裁は、「被告人は,そのようなファイル共有ソフト,とりわけWinnyの現実の利用状況等を認識し,…Winnyが上記のような態様で利用されることを認容しながら」と認定したと考えられる。従来の幇助犯では「正犯の犯罪行為を認識し、かつ、これを認容して」が要件であるのに対して、本件においては、「被告人は…Winnyの現実の利用状況等を認識し,…認容しながら」である。本件の被告人は本件の正犯者甲と乙のことは知らず、被告人は正犯者甲と乙という特定の者の犯罪行為を認識し、これを認容しているわけではない。しかし、「図解刑法案内I総論」[注2]の306頁には、「従犯の場合には、幇助者と被幇助者との間に相互的意思連絡は要件とはならず、片面的従犯が認められる。たとえば、デパートの店員が万引きを目撃しながら、一方的にこれを黙過してやった場合には、窃盗罪の従犯となる。」と記載されている。本件において、被告人は、正犯者甲と乙が誰かは知らず相互意思連絡はしていないとしても、多くの者がWinnyをダウンロードし、違法行為に利用していることは認識し、認容しており、Winnyをダウンロードした多くの者が著作権法違反を行っているという社会における現実の利用状況に即して本件の正犯者甲と乙が著作権法違反の実行行為を行ったのであるから、地裁は、被告人の行為は幇助犯を構成すると評価したと考えられる。[注8]

 6.量刑の理由
 地裁は、量刑について、(量刑の理由)で次のように述べている。なお、【 】内は、説明のために加筆したものである。
 【被告人にとって不利な事情】被告人の行為は,自己の行為によって社会に生じる弊害を十分知りつつも,その弊害を顧みることなく,あえて自己の欲するまま行為に及んだもので,独善的かつ無責任な態度といえ非難は免れない。また,正犯者らが著作権法違反の本件各実行行為に及ぶ際,被告人が公開,提供していたWinnyが,正犯者らの本件各実行行為にとって重要かつ不可欠な役割を果たしたこと,Winnyネットワークにデータが流出すれば回収等も著しく困難であること,Winnyの利用者が相当多数いると認められること等からすれば,被告人のWinnyの公開,提供という行為が,本件の各著作権者が有する公衆送信権に対して与えた影響の程度も相当大きく,正犯者らの行為によって生じた結果に対する被告人の寄与の程度も決して少ないものではない。

 【被告人にとって有利な事情】もっとも,被告人はWinnyの公開,提供を行う際に,インターネット上における著作物のやりとりに関して,著作権侵害の状態をことさら生じさせることを企図していたわけではなく,著作権制度が維持されるためにはインターネット上における新たなビジネスモデルを構築する必要性,可能性があることを技術者の立場として視野に入れながら,自己のコンピュータプログラマーとしての新しいP2P技術の開発という目的も持ちつつ,Winnyの開発,公開を行っていたという側面もあり,被告人は本件行為によって何らかの経済的利益を得ようとしていたものではなく,実際,Winnyによって直接経済的利益を得たとも認められないこと,何らの前科前歴もないことなど,被告人に有利な事情も存する。

 【罰金刑の選択】以上,被告人にとって有利,不利な事情を総合的に考慮して,被告人には主文のとおりの罰金刑に処するのが相当であると判断した。
 地裁が、捜査段階の供述のうち「被告人が著作物の違法コピーをインターネット上にまん延させようと積極的に意図していた」とする部分については、供述の信用性を認めなかったので補足説明6(4)ウ参照)、罰金刑ですんだのではないかと思う。仮にこの供述の信用性を地裁が認めていたとすれば、罰金刑ではすまなかったのではないかと思う。しかし、この供述の信用性は幇助犯の成立/不成立には影響を及ぼさない。なぜなら、「従犯[幇助犯]が成立するためには、幇助者において正犯の犯罪行為を認識し、かつ、これを認容して幇助することを要する」(「図解刑法案内I総論」[注2]306頁、福田平著、「全訂 刑法総論〔第四版〕」[注9]参照)だけであり、著作物の違法コピーをインターネット上にまん延させようと積極的に意図し、著作権制度を破壊しようとすることは幇助犯の成立とは無関係だからである。

7.アメリカのGrokster事件との比較
 アメリカでは、中央サーバなしのP2P型ファイル共有ソフトを配布した事件としてGrokster事件がある。この事件は、著作権を有するMGM等の多数の会社が、Grokster社とStreamCast Networks社に対して、著作物を侵害することをユーザに可能とさせることを知りかつ意図的にソフトウェアを配布したと主張して、ユーザの著作権侵害に基づいて民事訴訟を提起した事件である。地裁、控訴裁では、被告らのP2P型ファイル共有ソフトの配布は著作権法に違反しないとされたが、最高裁では著作権法に違反するとされた(MGM v. Grokster P2Pソフト配布事件合衆国最高裁判決
参照)。

 この事件で、合衆国最高裁は、「著作権を侵害するために製品の使用を奨励する目的で製品を配布した者は、侵害を促進するためになされた明確な表現又は他の肯定的な行動により、単なる第三者の行為を知っての配布を超えていることが証明された場合、その製品の合法的な使用にかかわらず、その製品を使用する第三者による結果的な侵害行為に対して責任を負う。」(判決要旨の判示事項参照)と判示している。

 合衆国最高裁の判示事項は本件の「提供する際の主観的態様」に対応するものだけであり、本件の「その技術の社会における現実の利用状況」および「その利用状況に対する認識,さらに提供する際の主観的態様」に基づいて判断すべきであるという判示とは異なっているようにみえる。

 しかし、実質的には、本件の地裁と合衆国最高裁の判断基準はそれほど異なっているわけではない。合衆国最高裁は、「各月毎に数十億のファイルがピア・ツー・ピア・ネットワークを介してシェアされている。非中央化されたネットワークはどのファイルがコピーされたか、また、いつコピーされたかを明らかにはしないが、被上告人らはユーザが主として著作権で保護されたファイルをダウンロードするためにそのソフトウェアを使用していることに気づいている。」(判決要旨の第2段落参照)と述べており、これは本件の「その技術の社会における現実の利用状況」および「その利用状況に対する認識」と一致している。すなわち、合衆国最高裁も本件地裁も、「その技術の社会における現実の利用状況」および「その利用状況に対する認識」を前提とした上で、「
さらに提供する際の主観的態様」に基づいて判断しているのである。

 合衆国最高裁も本件地裁も「提供する際の主観的態様」に基づいて判断しているが、その内容は異なっているようにみえる。合衆国最高裁は、「侵害を促進するためになされた明確な表現又は他の肯定的な行動により、単なる第三者の行為を知っての配布を超えていることが証明された場合」(判決要旨の判示事項参照)に著作権法違反としているのに対して、本件では、「Winnyを含むファイル共有ソフトが著作権を侵害する態様で広く利用されており,…Winnyが上記のような態様で利用されることを認容しながら,Winny…を自己の開設したホームページ上に公開し,不特定多数の者が入手できるようにした」(補足説明6(5)参照)から著作権法違反としている点が異なっているようにみえる。

 しかし、この点に関しても、実質的にはそれほど違わない。合衆国最高裁は、実際には、次のことから、Grokster社らの非合法な目的は明白であるとしているのであり、合衆国最高裁の判断基準を用いても本件の判断基準を用いても、結果はほとんど同じではないかと思う。

 合衆国最高裁は、「第一に、被上告人の各々[Grokster社ら]は、著作権侵害を要求する知られた源、すなわち以前のNapsterユーザが構成するマーケットを満足させることを目的にしていることを自分自身で証明している。以前のNapsterユーザに対するサービスを提供する被上告人の努力は侵害を生じさせる主要な、唯一ではないとしても、意図を指し示している。」(判決要旨の(d)参照)としている。これは、本件地裁が認定した、「インターネット上の大型掲示板である「2ちゃんねる」の中の「MXの次は何なんだ」と称するスレッドに「Freenetに一票。追跡がほぼ不可能なファイル共有ソフト。」「参加する人が増えれば問題ないと思うけどね。Freenetは。」「暇なんでfreenetみたいだけど2chネラー向きのファイル共有ソフトつ−のを作ってみるわ。もちろんWindowsネイティブな。少しまちなー。」との書き込みをなし,自宅においてWinnyの開発を始めた。」(補足説明3(2)参照)という事実に対応している。ここで「MX」はそれまで日本で主に使用されてきたP2Pファイル共有ソフトWinMXのことであり、「MXの次は何なんだ」は「WinMXの次は何なんだ」という意味である。本件被告人の場合は、以前のWinMXユーザーが構成するマーケットを満足させることを目的にしているだけでなく、以前のWinMXユーザーと掲示板を通じて意見交換しながらWinnyを開発したのである。このような事実から、仮に、合衆国最高裁が本件を担当したとすれば、「以前のWinMXユーザに対してWinnyを提供する本件被告人の努力は侵害を生じさせる主要な、唯一ではないとしても、意図を指し示している。」と認定することは確実である。

 ちなみに、合衆国最高裁は「Groksterの名称は明らかにNapsterに起源を有する」(III.Aの第3段落参照)ことを違法な意図の根拠の一つとしているが、本件においても、「Winny」の名称は「WinMX」の「M」を次の「n」に変更し「X」を次の「y」に変更して命名されたものであり、Winnyの名称もWinMXに起源を有しているのである(この点は本判決には記載されていないが、「MXの次は何なんだ」[注4]の2002年4月4日〜5日の書き込みを読むと、このようにしてWinnyが命名されたことがわかる)。

 また、合衆国最高裁は、「第二に、どちらの被上告人もフィルタリングツール又は彼らのソフトウェアを使用した侵害行為を減少させる他のメカニズムの開発を試みていない。…この証拠はユーザの侵害の意図的な促進であることを強調している。」(判決要旨の(d)参照)としている。これに対して、本件においては、「Winnyには,ファイル名に特定の言葉を含むファイルについて自動ダウンロード機能の対象から除外する無視フィルタ機構が備わっており,ダウンロード側で設定することで一定のファイルを除外することができる」(補足説明3(1)エ参照)のであり、一見、Grokster事件とは異なっているようにみえる。しかし、何を除外するのかはユーザーにまかされており、「Winnyが社会においても著作権侵害をしても安全なソフトとして取りざたされ,効率もよく便利な機能が備わっていたこともあって広く利用されていた現実の利用状況の下」(補足説明6(5)参照)において、Winnyの無視フィルタ機構が「フィルタリングツール又は…侵害行為を減少させる他のメカニズム」として実質的に機能していたはずはない。また、Winnyには、Groksterにはない匿名性があり、ユーザーはより安心して著作権法違反を行うことができるのであるから、仮に、合衆国最高裁が本件を担当したとすれば、これらの証拠は「ユーザの侵害の意図的な促進であることを強調している」と認定するはずである。

 また、合衆国最高裁は、「第三に、被上告人は広告スペースを販売し、彼らのソフトウェアを使用するコンピュータのスクリーンに広告を行うことによって金銭を得ている。彼らのソフトウェアがより使われるほど、より多い広告が送られ、より高額の広告収入となる。ソフトウェアのユーザの広がりは配布者の利益を決定するから、彼らの企業の商業的判断力により大量の使用が引き起こされ、記録はそれらが侵害であることを示している。この証拠だけで非合法な意図の推論を正当化することはないだろうが、その重要性は全体の記録の前後関係から明白である。」(判決要旨(d)参照)としている。これに対して、本件では、「何らかの経済的利益を得ようとしていたものではなく,実際,Winnyによって直接経済的利益を得たとも認められない」((量刑の理由)参照)のでこの点は相違する。

 本件においては、第三の点については被告人に有利であるが、第一、第二についてはGrokster事件と同等あるいはそれ以上に被告人に不利であると考えられるから、仮に、合衆国最高裁が本件を担当したとすれば、本件被告人の非合法な目的は明白であると判断するはずである。したがって、判示事項の表現は異なるものの、合衆国最高裁の判断基準を用いても、本件の被告人は、ユーザーの著作権法違反に対して責任を負わなければならないと考えられる。

8.民事訴訟と刑事訴訟
 2004年5月10日、本件の被告人(以下、「X氏」という。)が逮捕され、それが新聞報道された時、逮捕に驚くと同時に、刑法の幇助の規定を用いれば中央サーバなしのP2Pファイル共有ソフトの配布を違法とすることができることに直ちに気がついた。もちろん、それまでも、著作権法の中に刑事罰の規定があることは知っていた。法律上は、どのような類型の著作権法違反でも告訴[注5]されれば刑事罰の対象となり得る。しかし、実際には、例えば海賊版の販売のような悪質でかつ故意の著作権法違反であることが明らかな場合のみが刑事訴訟で行われ、それ以外の通常の著作権法違反は民事訴訟で解決されるとばかり思っていたのである。

 実際、中央サーバありのP2Pファイル共有システムに関するファイルローグ事件は民事訴訟によって解決されている。これに対して、P2Pファイル共有ソフトが主に著作権侵害を行うために利用されていることは明らかではあるが、そのようなソフトを配布する者に対して、著作権法上の責任を問う条文が規定されていないようにみえるのである。特許の場合は、特許法101条(侵害とみなす行為
)の規定により、特許侵害品の生産(特許権侵害)に用いる物をその物が発明の実施(特許権侵害)に用いられることを知りながらその物の生産、譲渡を行うことは特許権の間接侵害であるとされるが、著作権法にはこのような間接侵害の条文はない。

 X氏の逮捕の時点で、既にアメリカではGrokster事件が民事訴訟で提起されていた。アメリカは、判例法主義であるから、著作権法の中に規定がなくても、判例をつくりだすことができる。実際、アメリカのGrokster事件は、地裁、控訴裁では責任を負わないとされたが、最高裁で新たな判例をつくり
、P2Pファイル共有ソフトの配布を行う者はユーザーの著作権侵害に対して責任を負うとされたのである。しかし、日本は制定法主義であるから、著作権法に規定がなければ、著作権法上の責任を問うことはできない。そして、民事的に著作権法上の責任を問うことはできないのであるから、刑事的に著作権法上の責任を問うことができるとは夢にも思わなかったのである。

 著作権法の専門家でも、刑法62条1項(幇助)の規定により中央サーバなしのP2Pファイル共有ソフトの配布は違法であると指摘した人はいなかったのではないだろうか。しかし、警察当局は、刑法の専門家であるから、刑法の側から著作権法を考えて、刑法の幇助犯の規定と著作権法の刑事罰の規定を組み合わせればよいことに気がついたのだろう。X氏の逮捕以前は、著作権法の専門家でも刑法と著作権法を組み合わせることに気がつかなかったのであるから、X氏が「こちらはソフト作っているだけなので警察沙汰にはならないと思います」(補足説明3(3)参照)と考えたのは当然であるが、法律の条文があったのであるから、起訴されたのはしかたがないことだと思う。

 また、本件の場合、仮に、著作権法に民事的に著作権法違反を問う規定があったとしても、著作権者が民事訴訟でX氏を訴えるのは難しかったのではないかと思う。なぜなら、Winnyには匿名性があるからである。匿名性があるために、著作権侵害を行うWinnyユーザーを見つけ出し、そのユーザーに関する証拠を収集し、さらにX氏に関する証拠を収集することは、民間の著作権者には難しいと思う。警察当局も、相当な工夫をして、著作権侵害を行うWinnyユーザーを特定し、そのWinnyユーザーとX氏の家宅捜索を行い、調書をとり、証拠を収集したのである(佐々木俊尚著「ネットVs.リアルの衝突」[注6]34頁〜47頁参照)。したがって、このようなことからも、本件は刑事訴訟で行われなければならなかったと思う。もっとも、もし、著作権法に民事的に著作権法違反を問う規定があったとすれば、それに基づいて著作権法の専門家が解説書を執筆するはずであるから、X氏もそれを読み、Winnyの配布は行わなかったかもしれないのである。

9.Winnyネットワーク
 X氏は逮捕後、著書「Winnyの技術」[注1]を執筆し、Winnyの技術を説明している。この著書は本裁判でも証拠として提出され、地裁はこれに基づいて、補足説明3「(1)Winnyの技術的内容」を作成している。これを読むと、Winnyが極めて優れたソフトであることがわかる。また、Winnyの開発は、他のソフトの開発よりも、はるかに面白いのではないかと推測できる。通常のソフトであれば、作成した通りに動作する。バージョンアップして変更すれば、その変更通りに動作する。

 ところが、Winnyの場合はそうではない。極めて多数のユーザーがWinnyを使用することによって、インターネット上にWinnyネットワークが形成されるのである。ユーザーの設定により(Winnyがチェックすることもあるようだが)、高速回線を使用しているノード(パソコン)は上流に配置され、低速回線を使用しているノードは下流に配置される。最も上流に配置されたノード同士が接続され、下流ノードはより上流のノードに接続されて、Winnyネットワークが形成される。ユーザーが公開するファイルをアップロードフォルダに置くと、Winnyはファイル本体の位置情報を含むキーを作成する。キーは隣接ノード間で交換されWinnyネットワーク上を拡散していくが、低速回線の下流のノードのユーザーが公開したファイルのキーは高速回線の上流ノードにたくさん集まることになる。ユーザーがキーワードを指定して検索すると、検索依頼が上流ノードに向けて送りだされ、条件に合うキーが詰め込まれて、検索元に送り返され、ユーザーはこのキーに含まれる位置情報を用いて、ファイル本体をダウンロードすることになる。上流ノードでは自分のパソコンの中に目当てのキーがある確率が高いから他のノードを検索することなくファイルをダウンロードできる。一方、下流ノードはキーが大量に流通している上流ノードで目当てのキーを見つけてファイルをダウンロードすることになる。これによって、効率良くファイルを共有することができるのである。また、Winnyにはクラスタリング機能もあり、上流/下流に組織化されるだけでなく、さらにユーザーの嗜好が似ているノードがひとかたまり(クラスタ)になるよう組織化されるので、自分の嗜好にあったファイルが見つかる確率が高くなるのである。(「Winnyの技術」[注1]59頁〜73頁参照)

 したがって、Winnyのバージョンアップをしても、それによってWinnyネットワークがどのように変わっていくのかは、ユーザーの設定等も関係するから、実際にやってみなければ開発者のX氏にも完全にはわからないのである。X氏はこの著書の142頁で次のように述べている。
 P2Pアプリケーションのネットワークは、参加するユーザーによって形成される非常に動的な系です。私にはこれがまるで生き物のように思えます。P2Pアプリケーションの開発とテストは、P2Pネットワークがあってこそ可能であり、ネットワークが大きくならなければ大規模なネットワークで運用可能かどうかを確かめることはできません。このため、いかに多くのユーザーに協力してもらえるかが開発初期の重要な課題になります。またもう一つ、いったん形成されたP2Pネットワークを維持し続けることも、課題になります。
 X氏にとってWinnyをバージョンアップしていくことは、インターネット上の生き物を育てるようなことだったのではないだろうか。Winnyの開発およびそのバージョンアップは、X氏にとって、極めて興味深いことであったと考えられる。X氏は公判廷において「Winnyの開発,公開は技術的検証が目的であって」(補足説明6(4)エ参照)と供述しているが、これは本心だと思う。X氏の興味の中心はWinnyの開発とそのバージョンアップであったはずで、それに比べれば著作権制度に関する興味は極めてわずかであったはずである。実際、「MXの次は何だ」[注4]におけるX氏とみられる書き込みのほとんどは技術的なことであり、著作権について述べている書き込みはほんのわずかである。

 しかし、Winnyの高度な機能を検証するためには、極めて多数のユーザーがWinnyを使用することによって大規模なWinnyネットワークが形成されることが必要である。極めて多数のユーザーを集めるためには、極めて多数のユーザーにとって魅力的なソフトでなければならない。Winnyが著作物の共有に適したソフトであることは明らかであるから[注7]、著作物を共有したいユーザーにとってWinnyは極めて魅力的であり、その結果、極めて多数のユーザーを集めることができ、大規模なWinnyネットワークが形成され、X氏はそのおかげでWinnyの優れた機能の技術的検証を行うことができたのである。もちろん、X氏は多数のユーザーの著作権侵害行為のおかげでWinnyの技術的検証ができることを当然のことながら認識し、認容していたはずである。

10.インターネットと著作権制度
 X氏は、捜査段階で「パソコンやインターネットが普及した現在においては著作権の対象となるコンテンツの違法コピーは防ぎようがない」(補足説明6(4)ウ参照)と供述している。インターネットの普及によって違法コピーは防ぎようがないから、旧態依然とした著作権制度は無意味な制度となってしまったと考える人も少なくないと思われる。しかし、実際には、著作権制度は新技術の登場によって弱体化されるどころか、新技術の登場によって強化されるのである。

 著作権は権利の束といわれており、多数の権利(支分権)が集まったものである。著作権が権利の束であるのは、新技術の登場により新しい支分権が制定されたことも一因である。印刷技術のように複製する技術が登場し、著作物の複製物を安価に大量に作成することができるようになり、複製物の配布により経済的利益が得られるようになると、著作物を複製する権利を著作権者に専有させるために、複製権(著作権法21条)が制定されたのである。映画の技術が登場し、映画を多数の観客の前で上映することにより経済的利益が得られるようになると、著作物を公に上映する権利を著作権者に専有させるために、上映権(著作権法22条の2)が制定されたのである。放送の技術が発展すると、無線放送については放送権、有線放送については有線放送権が制定された。さらに、ネットワークの技術が発展すると、放送権、有線放送権を統合し、ネットワークによる配信をも含めた公衆送信権(著作権法23条)が制定されたのである。

 なぜ、このように新技術による恩恵を著作権者に専有させてしまう著作権制度が許されてきたのだろうか。それは、人々が求めるのは新技術ではなく、著作物だからである。人々は新技術に対価を払うのではなく、著作物に対して対価を払うのであり、新技術は著作物の流通のための媒体に過ぎないのである。著作物なしでは新技術は何の意味もないのである。新技術によって著作権制度が無意味になるのではなく、逆に、著作権制度がなければ新技術が無意味なものになってしまうのである。だからこそ、著作権者に新技術による恩恵を専有させてしまうという著作権制度が人々に受け入れられてきたのだと思う。

 王侯貴族がアーティストを経済的に援助していた時代には著作権制度は必要なかったかもしれない。現在でも、国や企業がアーティストを経済的に援助するのであれば、著作権制度は不要かもしれない。しかし、王侯貴族や国や企業がアーティストを経済的に援助するシステムでは、王侯貴族や国や企業が好むアーティストは活動できるが、王侯貴族や国や企業が好まないアーティストは活動を続けるのは困難である。

 著作権制度は、著作権者に複製権や上映権や公衆送信権を専有させることにより、作品を通常の商品と同じように市場経済の下で流通させ、著作権者に経済的な報酬を与える制度である。したがって、著作権制度の下では、人々が好むアーティストが活動でき、人々が好まないアーティストは活動できないことになる。市場経済の下では、通常の商品を提供する人や企業は、人々に受け入れられるような商品の開発に努力する。著作権制度により作品は通常の商品と同じように市場経済の下に置かれるから、著作権者は、人々に受け入れられるような作品の作成に努力をする。このような著作権制度は、王侯貴族や国や企業がアーティストを経済的に援助するシステムよりも、現在の社会にマッチした望ましいシステムではないだろうか。

 X氏が逮捕された時点ではそれほど盛んではなかったが、現時点は、インターネットを介した音楽や映像の有料配信や広告つき無料配信が一般化している。これが可能であるのは、著作権制度が存在するからであり、インターネット時代においても著作権制度は無意味とはなっていないのである。

11.インターネットとP2Pファイル共有ソフト
 インターネット上のサイトに違法ファイルをアップロードし、ダウンロード可能とすることができる。これも公衆送信権侵害である。インターネット上のサイトによる違法コピーも少なくない。しかし、これと中央サーバなしのP2Pファイル共有ソフトによる違法コピーとは、質的に異なるものである。

 インターネット上のサイトに違法ファイルがアップロードされた場合、それを著作権者が探せば見つけることができる。そのサイトの運営者に警告を出したり、民事訴訟で訴えることもできる。また、著作権者は公衆送信権を専有しているだけであり、その権利を行使するかどうかは著作権者の勝手である。したがって、著作権者は、自分が著作権を有するファイルのアップロードを黙認することもできるのである。著作権というものは、徹底的に行使した方が著作権者の利益になるとは限らない。例えば、無名の歌手が、すばらしいCDを発売したとしても、その歌手を知っている者が少なければ、CDの売り上げもわずかである。利益を向上させるためには、大規模な宣伝が必要であるが、それには資金が必要であり、また、大規模な宣伝をしても売り上げが上がる保証はない。しかし、その歌手のファンがファンサイトを立ち上げ、自発的に宣伝してくれれば、コストをかけずにCDの売り上げが上昇する可能性がある。そうであれば、そのようなファンサイトによる多少の著作権侵害は黙認した方が著作権者の利益は向上するのである。実際に、厳しく取り締まる著作権者もいれば、多少の著作権侵害を黙認する著作権者もいるのである。そして、サイトの運営者は著作権者から警告されれば指摘されたファイルを削除するのが普通である。

 これに対して、中央サーバなしのP2Pファイル共有ソフトによる違法コピーの場合は、事情が全く異なる。P2Pファイル共有ソフトを使って違法ファイルをダウンロード可能とした場合、著作権者がその違法ファイルを見つけても、その違法ファイルをダウンロード可能としているユーザーを特定するためには、プロバイダからそのユーザーの個人情報の開示を受けなければならず、簡単ではないのである。しかも、コストと手間をかけてそのユーザーを特定できたとしても、一人のユーザーがアップロードしたファイルからダウンロードされる数はそれほど多くはないから、一人のユーザーから取れる損害賠償額は大きな金額とはならない。ユーザーを特定するためにコストと手間が必要であり、しかも、特定したとしても大きな損害賠償額は取れないから、著作権者が中央サーバなしのP2Pファイル共有ソフトのユーザーを効果的に取り締まることは実質的に困難なのである。

 アメリカのGrokster事件では、中央サーバーなしのP2Pファイル共有ソフトの配布を擁護するために、無名のアーティストが配布を許可したファイルがP2Pファイル共有ソフトによって共有されていることを示す証拠が提出された(BREYER裁判官の賛成意見参照IB参照
)。著作権者がP2Pファイル共有ソフトを用いて自分の意志でそのファイルを共有可能とすることはその著作権者の自由であり、それによって無名のアーティストの曲が広まり、結果的に利益を得られるかもしれない。しかし、インターネット上のサイトとは異なり、P2Pファイル共有ソフトの場合は、ファイル共有を拒否する著作権者のファイルでも、一度、P2Pファイル共有ネットワークに放流されてしまうと、著作権者はそれを差し止めることができなくなってしまうのである。結局、P2Pファイル共有ソフトは全ての著作権者から一律に公衆送信権を剥奪するのと同じであり、インターネット上のサイトによる無許可のファイルの公開とは、質的に異なるのである。

 しかし、これまでのP2Pファイル共有ソフトの場合は、著作権者が告訴し、警察が捜査すれば、プロバイダはそのソフトのユーザーの個人情報を提出するから、ユーザーを特定し、検挙することができた。X氏は、「
Win−MX利用者から逮捕者が出たことに違和感を覚え」(補足説明6(4)ウ参照)、匿名性を有するWinnyを開発したのである。この「匿名性」は、「責任回避機能」といった方がより正確かもしれない。なぜなら、警察は通常のP2Pファイル共有ソフトの場合と同様に違法ファイルを公開しているパソコンを特定することはできるからである。しかし、警察がそのパソコンが違法ファイルを公開していることを証明することができたとしても、Winnyが中継機能によりユーザーの意志に関わりなくどこかのパソコンからファイルをダウンロードしてきて、そのユーザーのパソコンがそのファイルをダウンロード可能としている可能性もあるので、そのユーザーが自分の意志で違法ファイルを公開したことは証明することができず、そのパソコンのユーザーに著作権法違反の責任を問うことができないのである。したがって、Winnyは、違法行為を行って万一見つかっても責任を回避することができ、安心して違法行為を行うことができるのである。

 それでは、なぜ、正犯者甲と乙が逮捕されたのかというと、X氏がWinnyにBBS機能を付与したためである。Winny1はP2Pファイル共有機能しか有していないが、Winny2はそれにBBS機能を加えたものである。本件の正犯者甲と乙は、Winny2のBBSにゲームソフトや映画を公開することを記載したために、それを利用して警察当局が正犯者甲と乙を検挙することができたのである(「ネットVs.リアルの衝突」[注6]34頁〜47頁参照)。P2Pファイル共有ソフトはユーザーからみると、フリーキーワード検索システムと同じである。ユーザーはキーワードを入力して検索するが、そのキーワードがファイルをアップロードしたユーザーが付けたファイル名と一致すればダウンロードできる。したがって、ダウンロードするユーザーとアップロードするユーザーが同じファイル名を考え付かなければ、ダウンロードできない。そのため、P2Pファイル共有ソフトは、人気のある歌手の音楽ファイルの共有に最適なのである。なぜなら、人気のある歌手は新曲を出すたびにテレビやラジオに出演するから、ファイルをアップロードするユーザーはテレビやラジオに出演した歌手の名前や曲名をファイル名にしてWinnyネットワークの放流し、ダウンロードするユーザーはテレビやラジオに出演した歌手の名前や曲名をキーワードとして検索すればよいからである。このようにテレビやラジオの助けを借りて、人気のある歌手の新曲を効率的に入手できるのであるが、本件の正犯者甲と乙がアップロードしたかったファイルはゲームソフトと映画であったため、自分でBBSを用いて宣伝せざるを得ず、そのために検挙され、その結果、X氏も検挙されたのである。

 X氏は、捜査段階で、「パソコンやインターネットが普及した現在においては著作権の対象となるコンテンツの違法コピーは防ぎようがないのであるから,コンテンツの提供者側に新たな収益方法の模索が必要であるにもかかわらず,提供者側が既存のビジネススタイルにすがりつくのは,ファイル交換等を行った者を警察が検挙するからであると考えたことから,自ら匿名性の高いファイル共有ソフトを開発することで,警察が検挙できない状態にして,新たな収益方法を開発せざるを得ない状態を作ろうと思った」(補足説明6(4)ウ参照)と供述している。

 しかし、パソコンやインターネットが普及した現在においても著作権の対象となるコンテンツの違法コピーは防ぎようはあるのである。実際に、インターネット上で公開されているファイルのほとんどは適法なファイルであり、一部だけが著作権者の許可を得ずに公開されるファイルである。そして、許可を得ずに公開されているファイルを厳しく取り締まっている著作権者もいる一方で、かなりの程度黙認している著作権者もいるのであり、
ほとんどのサイトの運営者は著作権者から警告されれば指摘されたファイルを削除するのである。これで著作権制度は正常に機能しているのである。これに対して、中央サーバなしのP2Pファイル共有ソフト、特にWinnyのように匿名性のあるP2Pファイル共有ソフトは、全ての著作権者から公衆送信権を一律に剥奪しまうものである。インターネット上のサイトにより、ある程度の違法コピーが行われていることを根拠にして、全ての著作権者から公衆送信権を一律に剥奪するP2Pファイル共有ソフトの配布を正当化することはできないのである。

12.デジタル証券によるコンテンツ流通システム
 地裁は、「被告人は…既存のビジネスモデルとは異なるビジネスモデルが生まれることも期待しつつ,ファイル共有ソフトであるWinnyを開発,公開し」たと認定している(補足説明6(4)エ参照)。X氏は、既存のビジネスモデルとは異なるビジネスモデルとして「デジタル証券によるコンテンツ流通システム」を公表している。コンテンツに関してデジタル証券を発行するというものであるが、内容は極めて理解しにくい。

 コンテンツを証券化することは現実の社会でも行われている。現実の社会で行われているコンテンツの証券化は、例えば、読売新聞金融ニュース(2005.05.30)に記載されているように「映画やアニメの著作権を制作者から受託し、興行や販売による利益を受け取る権利を事前に投資家に販売するなど、知的財産権の流動化・証券化を行う。」というものである。現実の社会で行われる証券化は、当然のことながら、著作権に基づいて利益を得るシステムである。

 これに対して、X氏が考える証券化は著作権制度がないという前提で行われるものであり、要約すると次のようになる。
 まず初めにコンテンツ提供者はデジタル証券サーバーからデジタル証券を適当な数発行してもらう。これにより、コンテンツ提供者は自分名義のデジタル証券を保有する。
 コンテンツの流通は完全にコピーフリーであり流通経路は何でも良い。WEBでの公開やP2Pなどで。
 もしユーザーがあるコンテンツの製作者に対して支援・投資したり、コンテンツに対して何らかの影響力を及ぼしたければデジタル証券を購入するという形で自らの資金をそのコンテンツに投入する。
 ここで、デジタル証券保有者に対して、コンテンツ提供者が管理するご意見サイトへ優先的にその意見を伝える権利などを持たせるのもあり(これは株で言う配当や経営権に当たるかと)
 これは株の配当同様、人を集めるためにいろいろなサービスが考えられるでしょう。
 コンテンツ供給者がもしユーザーからの振込みを確認したら、コンテンツ供給者は自らが保有しているデジタル証券の名義を相手に書き換える。
 この初期に行われるデジタル証券の売買によりコンテンツ提供者は最低限の利益を確保できる。
 また、コンテンツ供給者は発行されたすべてのデジタル証券をユーザーに売り渡してはいけない。これは後でそのコンテンツに対する評価額が上がった際の対価を受け取れるようにするためである。
 その後、ユーザーの間でデジタル証券を適当な額で売り買いすることができる。
 ここで、デジタル証券はそのトータル数(株数)が決まっているため、コンテンツの評価が上がれば交換時の額面も高くなっていく。
 自分が発行したデジタル証券の額面が高値をつけた時点で保留しておいたデジタル証券を売りに出すことでコンテンツ供給者はより多くの利益を受け取ることができる。最終的にコンテンツ提供者がどの程度の利益を得られるかはコンテンツの人気と証券の売買タイミング依存である。最悪の場合だれもデジタル証券を買ってはくれないが、これはそのコンテンツに魅力や将来性が無いか、宣伝不足である。
 もしそのコンテンツがバージョンアップ可能であれば、後からコンテンツ提供者がコンテンツの魅力を向上させて証券の交換額面を吊り上げるという可能性もあり。この提供者側の利益確保はコンテンツのタイプによっていろいろなパターンがありえる。例えばコンテンツ売り逃げで続編を二度と出さないとか、地道なバージョンアップで信頼を得るとか。
 現実の社会のコンテンツの証券化の場合は、投資家はコンテンツの著作権に基づく利益を配当金として受け取る。これに対して、X氏が考えるコンテンツ流通システムでは、デジタル証券を購入した投資家はご意見サイトへ優先的に意見を伝える権利を得るのである。このような権利を得るためにお金を払ってデジタル証券を購入する投資家がいるのだろうか。アーティストと食事をしながら意見を伝える権利であれば、高値でデジタル証券を購入する人もいるかもしれない。しかし、それなら、アーティストとの食事券をインターネット上のオークションサイトで販売した方が手っ取り早いのではないだろうか。

 投資家はデジタル証券が値上がりすれば値上がり益を享受できるかもしれない。しかし、コンテンツ自体はWinny等により無料で配布されるから、コンテンツが利益を生み出すことはなく、配当金は0である。配当金が0のデジタル証券を高値で購入しても、そのコンテンツに関してご意見サイトへ優先的に意見を伝えたい人がいなくなれば、デジタル証券の価格は0になるはずである。X氏は「コンテンツ売り逃げ」と述べているが、コンテンツはWinny等により無料で配布されるからコンテンツに財産的価値はなく、コンテンツの売り逃げもできないはずである。

 また、X氏が考えるコンテンツ流通システムでご意見サイトへ優先的に意見を伝えたい人の数(デジタル証券を購入する人の数)は、現在の著作権制度の下でコンテンツを購入する人の数よりも、遙かに少ないと考えられる。なぜなら、多くの人はWinny等で無料で入手できるコンテンツ自体で満足するはずであり、わざわざご意見サイトへ優先的に意見を伝えたい人はそれほど多くはないからである。したがって、コンテンツ提供者が現在の著作権制度の下で得られる利益と同額をこのコンテンツ流通システムで得ようとすると、デジタル証券を購入する人、一人当たりの購入価格は相当高いものでなければならないはずである。そうすると、実質的には、金持ちがアーティストを経済的に援助し、一般の人は無料でコンテンツを楽しむということになる。したがって、金持ちが好むアーティストが活動を継続でき、金持ちが好まないアーティストは活動できないことになる。X氏が考えるコンテンツ流通システムは、王侯貴族や国や企業がアーティストを経済的に援助する代わりに、金持ちがアーティストを経済的に援助するシステムである。このようなシステムが、現代の社会にマッチしたシステムだろうか。私としては、現在の著作権制度の方が、遙かに現代の社会にマッチした優れた制度であると思う。

 X氏はソフト開発の分野においては天才であると思う。しかし、人類が長い間かかって築き上げてきた著作権制度にとってかわるシステムを構築するには、知識、経験が十分とはいえないのではないだろうか。

13.Winnyの配布は車の販売と同じか
 「1.はじめに」で、朝日新聞の社説を紹介したが、「運転手が速度違反をしたら、早く走れる車をつくった開発者も罰しなければならない」というのは、明らかに不適切である。本判決は、「被告人がそれらのソフトを公開して不特定多数の者が入手できるように提供した行為は,幇助犯を構成する」(補足説明6(5)参照)というものだからである。公開したから罰せられるのであり、開発しただけでは罰せられるはずはない。したがって、上記社説の記載は「運転手が速度違反をしたら、早く走れる車を販売した業者も罰しなければならない」という意味と解釈する。

 しかし、「運転手が速度違反をしたら、早く走れる車を販売した業者も罰しなければならない」ということも、本判決から出てくるはずがない。本判決は、「インターネット上においてWinny等のファイル共有ソフトを利用してやりとりがなされるファイルのうちかなりの部分が著作権の対象となるもので,Winnyを含むファイル共有ソフトが著作権を侵害する態様で広く利用されており,Winnyが社会においても著作権侵害をしても安全なソフトとして取りざたされ,効率もよく便利な機能が備わっていたこともあって広く利用されていたという現実の利用状況」(補足説明6(5)参照)を前提として有罪としているのである。これを車に置き換えれば、道路上を走行する車がスピード違反を行う態様で広く利用されているという利用状況がある場合にはじめて、車の販売が有罪になり得るのである。現実にはスピード違反は0ではないが、走行中のほとんどの車がスピード違反をしているわけではなく、
車の社会における現実の利用状況はスピード違反を行う態様で広く利用されているとはいえない。そして、現実の利用状況がそうであれば、たまたま2名の運転者が速度違反をして捕まったとしても、早く走れる車を販売した業者が罰せられることにはならないのである。したがって、本判決により、車の販売が罰せられるはずはないのである。

 車の販売に対応するのは、インターネット上のサイトである。スピード違反も、インターネット上のサイトによる違法コピーも、0ではないが、全体からみれば非常に多いというものではない。スピード違反を0にするためには、至る所に警官を配置すればよいが、完全にスピード違反を0にしてしまうと、車がスムーズに流れず、むしろ、問題が生じる可能性もある。ある程度のスピード違反があった方が、車がスムーズに流れるのではないだろうか。とはいえ、警官による取り締まりを0にしてしまうと、スピード違反が横行し、社会的に問題が発生するはずである。現実には、警官の取り締まりによって、大きな問題にならないレベルにスピード違反が抑制されていると考えられる。インターネット上のサイトによる違法コピーも同様である。厳しく取り締まる著作権者もいれば、かなりの程度黙認する著作権者もいる。そして、
ほとんどのサイトの運営者は著作権者から警告されれば指摘されたファイルを削除するのである。それによって、大きな問題にならないレベルに違法コピーが抑制されているのだと思う。

 これに対して、P2Pファイル共有ソフトの場合は、事情が全く違う。P2Pファイル共有ソフトに対応するのは、ナンバープレートなしの車を貸し出すレンタカー業者である。ナンバープレートがなければ、警官がスピード違反の車を特定するのが難しくなる。それによりスピード違反が捕まりにくくなれば、スピード違反をしたくなる運転者が増加するはずである。その結果、スピード違反は急増し、社会的に問題になるはずである。さらに、Winnyの場合は、匿名性(責任回避機能)があるので、Winnyに対応するのは、ナンバープレートなしの責任回避機能付き車を貸し出すレンタカー業者である。この責任回避機能付き車には、誰でも自由に乗れる席が設けられていて、その席にもアクセルペダルがあるのである。警官が苦労してスピード違反の車を特定しても、運転者にスピード違反の責任を問うことはできない。なぜなら、誰でも自由に乗れる席で誰かがアクセルペダルを踏んだことにより、その車がスピード違反になったかもしれないからである。このようなナンバープレートなしの責任回避機能付き車を借りることを希望する者のほとんどは制限速度を超えてスピードを楽しみたい人であるはずであり、ほとんど全ての利用者はスピード違反をするはずである。Winnyの配布は、このようなレンタカー業者による
ナンバープレートなしの責任回避機能付き車の貸し出しに対応するのであり、通常の車の販売に対応するわけではない。

 本判決によって、開発者が製品を開発しそれを配布するのに萎縮する必要はないが、「その技術の社会における現実の利用状況」をチェックし、「その利用状況に対する認識」をしなければならない。そして、その利用状況が社会において問題がある場合は、配布を止めるとか、あるいは、社会において問題が生じにくいようにバージョンアップする必要があるだろう。この場合、チェックすべき「
その技術の社会における現実の利用状況」は、自分の製品自体の社会における現実の利用状況だけでなく、自分の製品が含まれる技術の社会における現実の利用状況である点に注意する必要がある。自分が開発しようとする製品と同種の製品について既に社会における現実の利用状況が問題にされているとすれば、社会において問題が生じにくいように製品を設計すべきだろう

14.おわりに
 私としては、本判決はバランスの取れた、よくできた判決であると思う。被告人は有罪を不服として、検察官も罰金刑を不服として、控訴しているようであるから、上級審でどうなるのかはわからないが、私としては、上級審においても、本判決と基本的に一致する形で決着がつけられることを期待したい。


脚注
[注1]「Winnyの技術」、株式会社アスキー、2005年10月20日初版発行。

[注2]河野順一著、「図解刑法案内I総論」、司法研修シリーズ、(株)酒井書店・育英堂、2005年10月31日発行。私は知的財産権に関する法律については詳しいが、刑法の専門知識は全くない。そこで、これを執筆するにあたって、図書館にあった刑法の著書のなかで最もやさしそうな[注3]の著書を見つけ必要な部分をコピーして読んだ。さらに、書店の刑法のコーナーで刑法総則に関する著書の中で最もやさしそうな著書を探し、この「図解刑法案内I総論」を購入した。この著書を読んでみると、「従犯が成立するためには、幇助者において正犯の犯罪行為を認識し、かつ、これを認容して幇助することを要する。」(306頁参照)と記載されており、これは本判決の「ファイル共有ソフト,とりわけWinnyの現実の利用状況等を認識し,…Winnyが上記のような態様で利用されることを認容しながら」(補足説明6(5)参照)と極めて似ている。そこで、この著書を引用し、「認容」の意味だけ[注3]の著書を引用して、刑法に関する部分を簡単に書くことができたのである。ところが、この著書は社会保険労務士を対象とした司法研修に用いるテキストだったのである。刑法の非専門家の私が刑法の著書を引用しそれに基づいて刑法について述べる以上、もう少し専門的な著書を引用した方が安心できると考え、もう一度書店の刑法のコーナーで刑法総則の著書を探したが、10冊近くあったにもかかわらず、幇助犯の項に「認識」と「認容」の両方の用語を用いたものは、この著書以外に全くなかったのである。専門家であれば用語が異なっていても対応できるだろうが、非専門家にとっては同じ用語が使用されていた方が安心して使えるので、結局、それほど専門性が高くないと考えられるこの著書からの引用をそのまま使用することにしたのである。というわけで、私が刑法について述べていることは、必ずしも信用できるものではないので、そのつもりで読んでいただきたい。[注9]

[注3]大塚仁著、「刑法入門〔第四版〕」、(株)有斐閣、2003年9月30日第四版発行。

[注4]「MXの次は何だ」は「Winny関連スレ過去ログ」で読むことができる。

[注5](2007.05.19一部加筆)著作権法の刑事罰は、123条1項の規定により親告罪である。これに対して、特許法の場合は、以前は著作権法と同様に親告罪であったが、平成10年の改正で、それまで親告罪を規定していた特許法196条2項が削除され、親告罪ではなくなり、特許権侵害については被害者の告訴がなくても刑事罰が科せられることになった。これはプロパテント(特許重視)政策の一環として行われた改正であると思うが、私としては全く不適切な改正であったと思う。知的財産権には多様な権利が含まれており、その中には刑事罰が適切であるものもあるが、そうでないものもあるのである。例えば、コピー商品の販売や海賊版の販売は、悪質でかつ故意の違法行為であることが明らかであるから、刑事罰が適していると思う。しかし、特許の場合は、特許請求の範囲に言葉で記載された装置を製造、販売すると特許権侵害とされるのである。言葉の意味は人によって解釈が異なることが少なくないのであり、特許権侵害かどうかはそれほど明確にわかるものではない。また、特許が無効であると判断されれば、その特許権は最初から無かったことになるのである。このようなことは通常の所有権においてはあり得ないことである。知的財産権という言葉があることからもわかるように、通常の所有権と類似した側面もあるものの、実際には、特許権と通常の所有権とは全く異なった側面もあるのであり、特許権を通常の所有権と全く同じように考えるのは誤りである。それにもかかわらず、非親告罪で刑事罰が科せられるのは望ましいとは思えない。さらに、平成18年改正法により、特許権侵害罪(特許法196条)は通常の所有権の窃盗罪(刑法235条)と同じ10年以下の懲役に引き上げられたのである。この改正にあたっては、審議会において懲役刑の上限引き上げは特に慎重な姿勢が必要との結論に至っていたにもかかわらず(日経PB知財Awareness[2006/05/16]参照)、このような改正がなされたのは極めて不適切である。「知的財産権=通常の所有権」というのは、初心者が知的財産権を理解するのにはよい公式であるが、この初心者レベルの公式に基づいて特許法を改正してよいはずがない。とはいえ、特許の分野から刑事罰をなくしてしまえばよいというわけでもない。なぜなら、民事訴訟で差止判決を受けそれが確定しても、それを無視してしまう人もいるからである。このような場合は、悪質でありかつ故意の特許権侵害であることが明らかであるから、刑事罰が適切であると思う。

[注6]佐々木俊尚著、「ネットvs.リアルの衝突」、文春新書、(株)文藝春秋、2006年12月20日発行。書名からはわからないが、この著書の半分以上の頁数がWinny事件に関するものである。あとがきには「私はこの事件を発生当初から取材し、二年間に及んだ裁判についても、京都に足を運んで公判のほとんどを傍聴してきた。」と記載されている。

[注7]Winnyに限らず、P2Pファイル共有技術が著作物の共有に適した技術であることは、最初のP2Pファイル共有技術であるNapsterの時から明らかであった。Napsterはアメリカで開発された中央サーバありのP2Pファイル共有システムである。Napster事件では、中央サーバを運営するNapster社は、著作権者が通知した著作物をアップロード、ダウンロードすることを禁止された(Napster ピア・ツー・ピア事件判決参照)。そのため、Napster社はフィルタリングを開始したが、それが功を奏するにしたがい、それまでの膨大なユーザーが急減し、中央サーバの運用を停止せざるを得なくなったのである。これからも明らかなように、P2Pファイル共有技術は、著作権侵害等の違法なファイル共有に最適であり、極めて多数の違法なユーザーを簡単に集めることができるが、適法なファイル共有を行うユーザーは、集めることができたとしても極めて少数なのである。Napster事件判決によって中央サーバの運営者がユーザーの著作権侵害の責任を負うことになったので、それ以降、中央サーバありのP2Pファイル共有技術はすたれ、その代わりに、中央サーバなしのP2Pファイル共有技術が発展したのである。

[注8](2007.05.14追記)「図解刑法案内I総論」[注2]176頁には、故意の種類について次のように記載されている。
ア 確定的故意
 特定の犯罪事実の発生(実現)を確定的なものとして認識・認容したものをいう。
 たとえば、Aを殺すつもりでAに向かって銃を発砲した場合、殺人の確定的故意が存在するといえる。


イ 不確定的故意
 特定の犯罪事実の発生を不確定ながら認識しているものをいう。
 これはさらに、概括的故意、択一的故意、未必的故意(未必の故意)の3つに分けられる。
(ア) 概括的故意
 たとえば、群衆の中の誰か(不特定の人間)を殺す意思をもって、群衆に向かって銃を発砲する場合のように、一定の範囲の客体に結果が発生することは意識しているが、それがどの客体なにか、また個数はいくつなのかといったことが不確定であるもの。
   ・・・・・・・・・・
 これを参考にすると、本件の場合は、不特定多数のユーザーの著作権法違反行為を概括的故意をもって幇助したといえるのではないかと思う。

[注9](2007.05.27追記)福田平著、「全訂 刑法総論〔第四版〕」、(株)有斐閣、平成16年11月30日全訂第四版発行の285頁には、「幇助者は、正犯の実行行為を認識し、かつ、正犯による犯罪構成要件の実現を認容して、これを幇助する意思を持っていたことを要する。」と記載されている。[注2]で述べたように、幇助犯の項に「認識」と「認容」の両方の用語を用いた刑法総則に関する著書は、「図解刑法案内I総論」[注2]以外に全くなかったのであるが、「図解刑法案内I総論」の著者は社会保険労務士、行政書士の方であり、「はしがき」には、「本書はいわゆる学術書ではなく、学習用の教材です」と記載されているので、何とかして、権威のある著書に同趣旨のことが記載されていないかをその後も探し続けていたところ、ついに図書館でこの「全訂 刑法総論〔第四版〕」に同趣旨のことが記載されていることを見つけることができたのである。この「全訂 刑法総論〔第四版〕」の著者は、神戸大学、東京教育大学、一橋大学、東海大学各教授をへて、現在(この著書の発行時)は一橋大学名誉教授をされておられる法学博士、名誉法学博士(ドイツ・ケルン大学)であるから、この著書は十分に権威のある法律書である。したがって、本判決の「ファイル共有ソフト,とりわけWinnyの現実の利用状況等を認識し,…Winnyが上記のような態様で利用されることを認容しながら,Winny2.0…を…公開し,不特定多数の者が入手できるようにしたことが認められ」(補足説明6(5)参照)は、十分に権威のある法律書である「全訂 刑法総論〔第四版〕」の285頁に記載された「幇助者は、正犯の実行行為を認識し、かつ、正犯による犯罪構成要件の実現を認容して、これを幇助する意思を持っていたことを要する」という幇助犯の成立要件の「正犯の実行行為」を「ファイル共有ソフト,とりわけWinnyの現実の利用状況等」に変更し、「正犯」を「不特定多数の者」に変更したものであるということができる。



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